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真田伊賀守のお墓 迦葉山弥勒寺(沼田) - 群馬の観光や名物と上毛かるた

真田伊賀守のお墓 迦葉山弥勒寺(沼田)

『沼田城下の塩原太助』札画像『沼田城下の塩原太助』

■真田信之の孫、真田伊賀守信利

 “真田丸ロス” に多くの人が陥っているようですね。私も、もの凄く久しぶりに初回から欠かさず見たドラマだったので、非常に重いロス状態に……なってないんだなぁ、コレが。何故なら、まだ最終回を見ていないから。

 でも、これだけ話題になったドラマですから会う人会う人みんなが真田丸の最終回を話題にするのには閉口しました。大切にとっておいて、自分のタイミングでじっくり見るつもりだったのに、美味しいポイントがみんな耳に入ってきてしまったんですから。

 こんなことならリアルタイムで見ちゃって、私も情報を発信する側になれば良かったです。そうすればロスの痛手を少しは軽減出来たかも知れなかったのに……。熱気が過ぎ去った頃、誰にも話を聞いてもらえずひとりで悶々とすることになるとは想像していませんでした。かなり後悔です。

 過ぎてしまった話はしょうがないとして、次の大河ドラマは『おんな城主 直虎』ですか。どうしようかなぁ~。真田丸は見始めたら面白くてハマりましたが、見ようと思ったきっかけは群馬が重要な場所として描かれると知っていたから。『おんな城主 直虎』は群馬には関係なさそうですもんね。

 いや待てよ……。ドラマの公式サイトを見ると菅田将暉さんが井伊直政を演じる(子供時代は寺田心くん)そうなので、結構重要なポジションなのでしょうね。ということは上野国高崎(現在の群馬県高崎市)を直政が治めた辺りまで話が進めば再び群馬が登場する可能性もあるんですね。

 直政が上野(こうずけ)に入るのは小田原征伐の後ですから天正18年(1590年)のことでしょうか。一方、主人公の直虎が亡くなったのは……あっ、天正10年(1582年)ですか。直政が高崎藩主になった時、とっくに直虎はこの世にいないんですね。主人公が亡くなった後じゃドラマに出てくるわけないですね。

 真田丸の最終回もやっぱり幸村が討たれたところで終わったんでしょうか(いや、少し様子が違うというのは聞いちゃいました)。せっかくお兄ちゃんが長寿だったので、ダイジェストでも年表だけでもいいので、その後の真田家(せめて信之が亡くなるまで)を盛り込んでもらえれば真田信利の名前が出たと思うのですが……。

 ということで、だいぶ大きく遠回りして、ようやく真田伊賀守信利に話が繋がります。

■上毛かるたにも登場する真田伊賀守

「ウソつけ!そんな札ないぞ!!」
という多くの群馬県民のおしかりの声が聞こえてきそうですが、少々お待ち下さい。

 真田伊賀守信利(実際は「信直」と名乗っていたようですが、ここでは一般的に使われている「信利」にしてみました)は、真田信之(『真田丸』では大泉洋さんが演じました)の長男である信吉(同:広田亮平さん)の次男として生まれました。

 松代藩の家督を巡ってすったもんだの末に、松代藩から独立した沼田藩の初代藩主におさまります。

 そこで沼田藩を良くすることに注力してくれれば良かったのですが、松代藩への対抗心からか、実態を伴わない大きな石高を幕府に申告するなど、「無い袖を振る政策」を推し進めてしまいます。いや、政策というより単なる圧政でしょうか。

 当然、領民は重い税に苦しむことになり、窮状を訴える手段として幕府への直訴という結果を招いてしまいます。ここで登場するのが天下の義人……
『天下の義人茂左衛門』札画像『天下の義人茂左衛門』
杉木茂左衛門です。

「うん、茂左衛門と伊賀守の関連は分かったけど別に上毛かるたには……」

ハイ、そこでこの【て】の読み札裏面にご注目下さい。
上毛かるた【て】の読み札裏面(抜粋)『寛文4年領主真田伊賀守の悪政に泣く、77ヵ村の民衆を救おうと……』
どうでしょうか。ハッキリと真田伊賀守の名前が印刷されているんです。

 という話を「ホラ、群馬県民でもあまり知らないでしょ?」なんて具合に得意げに書いてみました。が、真田丸のお陰で真田ブームに包まれた沼田市(沼田城)、旧月夜野町(名胡桃城)、東吾妻町(岩櫃城)あたりで、上毛かるたを覚え始めた子どもたちにじっくり説明されてたら格好つかない話になっちゃうんですけどね(^_^;

 ということで、そんな真田伊賀守信利のお墓が群馬県沼田市の迦葉山弥勒寺にあるので紹介します(ふぅ~っ、やっと弥勒寺の話に辿りつきました)。

■真田伊賀守のお墓は右上

「どこを向いての右上だよ!」
ごめんなさい、お寺の境内を上手く説明する言葉が浮かばなかったので、この現地案内図を見たまんまに書いちゃいました。
迦葉山弥勒寺現地案内図「真田伊賀守墓」を強調
ね?右上でしょう。

 訪れたのは2015年5月のことでした。10年に1度の大開帳の時の話で、「中峯堂」と「拝殿」の辺りまでしかブログに書けていませんでした。
迦葉山弥勒寺現地案内図
【関連記事】

  1. 中峯堂に昇殿した話(2015年5月28日更新)
  2. 昇殿した後に見たもの(2015年10月9日更新)
  3. 拝殿内部の大小さまざまな天狗のお面(2015年10月28日更新)
うん、時間を空けすぎですね、ごめんなさい。何か現地の様子が変わっていたら申し訳ありません。

 “右上の” 伊賀守のお墓に向かって、今日は「中雀門」から話を進めてみます。
迦葉山弥勒寺現地案内図「中雀門」を強調
あれ?中雀門以外の門が案内図の中に見当たりませんね。

 お寺でもらったリーフレットには『色鮮やかに蘇る山門』として立派な門の写真も載ってるのですが………あっ、コレか!!
迦葉山弥勒寺、車中から見た山門
境内より結構手前の道沿いで見かけたものの、車を降りて確認しませんでした。事前チェックが甘すぎでしたね(>.<)

 まぁ、山門はまたいずれかの機会にってことにして中雀門へ進みます。
中雀門

 左には「御祈祷受附所」
中雀門手前の総受付
案内図によると「龍願閣(総受付)」だそうです。良く見たら左の自販機は迦葉山オリジナルラッピングみたいですね。残念、これも現地では見落としてしまいました。

 ま、とにかく話を先に進めるために中雀門をくぐって真田伊賀守のお墓へ向かいます。
中雀門目の前
う~ん、前半ごちゃごちゃ書きすぎたせいでなんだか長くなってしまいました。一旦区切らせて頂きます。

「ズコ~ッ!ふざけんな!!」

ごめんなさいね(ToT)


※後日追記
伊賀守のお墓に辿り着いた話 を翌日更新しました。

◆迦葉山龍華院弥勒護国寺

所在地:群馬県沼田市上発知町445番地
電話:0278-23-9500
『迦葉山龍華院』公式サイト




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コメント
非公開コメント

No title

「真田丸」見ていた方が多かったようですね。
こんなことなら見ておくんだった。(>_<)
年末のダイジェスト版で我慢かなぁ。(^_^;)

2016-12-20 13:47 | from miyazyy | URL | Edit

No title

あれー
トカ太さん、まだ最終回を見てないんですか!
じゃあ、言っちゃおうかな。
あのね、信繁の最期はね・・・・

可哀想だから止めときます。

信吉の子供ってことは、真田丸ではおこうさんの生んだ長男さんの子供でしょうか。
困った人だったんですね。
お兄ちゃんからその辺りのお話だけでも、大河ドラマになりそう。
女城主より良さそうな気がするんだけど。
始まったてもいないのに、そういうこと言っちゃいけないわね。

2016-12-20 20:27 | from 万見仙千代 | URL | Edit

miyazyyさん

遠藤憲一さん演じる上杉景勝がなかなかいい味出していて、かなり重要な役どころだったので新潟の人も特別な思いで見ていた人が多かったと思いますよ。実際、しばらく新潟が舞台でしたし。

もし時間がとれるようなら、ぜひ総集編をチェックしてみて下さいね(^^)

2016-12-21 01:09 | from トカ太 | URL

万見仙千代さん

「あのね、信繁の最期はね・・・・」
きゃ~、やめて~(>.<)

「可哀想だから止めときます。」
はい、ありがとうございます(^_^;

「おこうさんの生んだ長男さんの子供」
そうです、真田伊賀守はおこうさんの孫です。

真田丸の中でも信吉と信政のそりが合わない様子が描かれていましたが、それがそのまま子供たちに受け継がれて松代藩の家督争いにつながったぽいですね。
しかもまだ生きていたお兄ちゃんの決定が騒動の発端になったようですし、大泉洋さん主演で、大河は無理でも単発の2時間モノでも良いので『真田丸外伝 ~その後の航海~』とかなんとかやってくれたら嬉しいんですけどね。無理かなぁ~。

2016-12-21 01:10 | from トカ太 | URL

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