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楫取素彦の誕生日は3月15日……で、いいの? - 群馬の観光や名物と上毛かるた

楫取素彦の誕生日は3月15日……で、いいの?

『県都前橋生糸の市』札画像『県都前橋生糸の市』

 初代群馬県令(現在の県知事)で、現在放送中のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の主要登場人物である楫取素彦の誕生日を記念して、3月15日に群馬県庁昭和庁舎2階の「ぐんま花燃ゆ大河ドラマ館」では入館料を2割引き(大人:500円→400円、こども:200円→160円)にすると同時に、楫取素彦をモデルにした「もとひこくん」の缶バッジを先着100名にプレゼントするそうです。この缶バッジ、非売品とのことなのでブログネタのために何とか入手したいところですが、明日は用事があるので私は無理。残念です。


 でも、う~ん……楫取素彦の誕生日を確認すると「文政12年3月15日」。明治5年の改暦前なのでこの日付は当然太陰暦。太陽暦で考えると「1829年4月18日」になるので、現在の3月15日を楫取素彦の誕生日と考えて良いものやらどうやら……。まぁ、大河ドラマの放送は1年しかないので、きっと4月18日にも何かイベントを企画しているのでしょう(うまい具合に今年の4/18は土曜日ですしね)。


 という具合に名前が出てきたので、楫取素彦が建設を推進した前橋市の「臨江閣(りんこうかく)本館」の続きを書かせて頂きます。
【関連記事】
『楫取素彦の提言で誕生「前橋市・臨江閣本館」』の記事代表画像『楫取素彦の提言で誕生「前橋市・臨江閣本館」』(2015.1.4更新)
(念のため書いておくと、渡廊下で繋がる別館には楫取素彦は直接関わっていないはずです)


 別館の玄関脇から渡廊下へ進むところからスタートします。
臨江閣別館から本館に繋がる渡廊下へ1
左の赤じゅうたんの部屋には現在カフェ(「かふぇ あんきな」)が営業中。『花燃ゆ』の放送期間中限定オープン(2016年1月末まで)だそうです。


 その部屋の北西角から渡廊下へ進入。
臨江閣別館から本館に繋がる渡廊下へ2
臨江閣別館から本館に繋がる渡廊下へ3
臨江閣別館から本館に繋がる渡廊下へ4


 赤じゅうたんが途切れる所には無粋な(失礼っ^o^;)扉。
渡廊下途中の防火扉(?)
防火扉でしょうね。ま、無粋だなんだなんて言ったら、その先の消火栓なんてもっと目立っちゃってますが、貴重な木造文化財を火災から守るためには必要なのでしょうね。


 この辺りでは両側に前橋市ゆかりの人物のパネルがかけられているので、1枚ずつ見て行きます(タイトルも解説も丸っと全部引用していきます)。


前橋市発展の基礎を築いた初代市長
下村 善太郎
しもむら ぜんたろう(1827年~1893年)
人物パネル「下村善太郎」
 本町の生まれ。若くして父の家業の小間物商を継いだが、米相場に失敗し、家業が傾いたため、24歳で八王子に出て、くず糸や繭を買い集めて商売を始めた。鎖国が解け横浜が開港すると、生糸を外国に売る事業に成功、生糸荷主として莫大な財を築いた。父の死去を機に前橋へ戻り、生糸商店「三好善」の経営をするとともに、東京へつながる道路建設、鉄道の敷設、小学校の開設、県庁の誘致と、公共事業や施設に率先して私財を拠出し、前橋発展の基礎を築いた。明治25年(1892)の市制施行の際に初代市長になったが、就任後わずか1年で病気のため67歳の生涯を閉じた。


外国に前橋の古墳を紹介した外交官
アーネスト・サトウ
(1843年~1929年)
人物パネル「アーネスト・サトウ」
 イギリスの外交官。英国公使館の通訳で、駐日英国公使や駐清公使を務めた。日本へは、江戸時代の末、1862年9月に英国駐日公使館の通訳見習いとして来日した。親日家で、英国で日本学の基礎を築き、日本の文化を世界に紹介した。西大室(現大室公園)にある前二子古墳について、「上野地方の古墳群」として紹介したのもその一つである。
【関連記事】
『入るのに躊躇する長い石室が特徴-前橋大室公園前二子古墳』の記事代表画像『入るのに躊躇する長い石室が特徴-前橋大室公園前二子古墳』(2013.12.4更新)
『長さ以外にも特徴のある石室 - 前橋大室公園「前二子古墳」』の記事代表画像『長さ以外にも特徴のある石室 - 前橋大室公園「前二子古墳」』(2013.12.5更新)


前橋経済界の発展に尽くした実業家
江原 芳平
えばら よしへい(1848年~1928年)
人物パネル「江原芳平」
 前橋実業界で活躍。県議としても3期務める。明治12年製糸改良座繰りの「天原社」を創立、米国向けの生糸の輸出で大いに成功を収めた。大正7年には群馬銀行の頭取としても手腕を発揮し、前橋の明治・大正期における製糸・大正期における製糸・金融界の大立者になる。県庁誘致や師範学校等にも多額の寄付をおこなうなど社会事業にも貢献し、前橋の発展につくした。


日本近代詩に金字塔を打ち立てた詩人
萩原 朔太郎
はぎわら さくたろう(1886年~1942年)
人物パネル「萩原朔太郎」
 北曲輪町(前橋市千代田町)の生まれ。前橋中学校卒業後、熊本の第五、岡山の第六高等学校や慶応大学予科に入学するが中退。大正6年詩集「月に吠える」により日本近代詩に不滅の金字塔をうち立てた。近代的思想を感覚的に謳い上げ、わが国の口語自由詩を確立した。「青猫」「氷島」などの詩集のほか多くの評論集がある。詩のほかにもマンドリンや手品、カメラなどを楽しむハイカラな面も持ち合わせていた。


終戦に導いた不死身の政治家
鈴木 貫太郎
すずき かんたろう(1867年~1948年)
人物パネル「鈴木貫太郎」
 印旛県(現在の千葉県)関宿藩家臣鈴木由哲の長男として生まれた。明治10年(1877)父由哲の群馬県庁赴任に伴い前橋市立川町に移住、前橋・桃井小へ転校した。その後第17番中学利根川学校(前橋高校の前身)へ入学、医者を志すが中退、海軍兵学校入学のため上京した。
2.26事件では、瀕死の重傷を負うものの、奇跡的に助かる。その後昭和20年4月には内閣総理大臣に就任、軍部強硬派を押さえ終戦に導いた。在学した桃井小には「正直に 腹を立てず 撓まず励め」の碑がある。


「チューリップ」や「うみ」を作った作曲家
井上 武士
いのうえ たけし(1894年~1974年)
人物パネル「井上武士」
 勢多郡芳賀村五代で医師の四男として生まれた。父は軍人に将来するつもりでいたが、学業を学んでゆく中で音楽家の夢を持ち始める。一度は家族の反対で断念したが、強い志と恩師野口米次郎の協力で東京音楽学校へ入学。卒業後は、音楽への普及に尽力するとともに、「チューリップ」や「うみ」、「こいのぼり」などの音楽唱歌や校歌を多数作曲した。


戦災復興を成し遂げた俳人市長
関口 志行
せきぐち しこう(1882年~1958年)
人物パネル「関口志行」
 第12代前橋市長。戦後の不安と混乱の時代にあって戦災復興事業に取り組む。戦災小学校の校舎の復旧、新制中学校の建設、市営住宅江木団地の建設等に尽力した。昭和29年4月、近隣7か町村、9月に南橘村を合併、一躍人口16万人の都市を実現した。俳人としても活躍し、雨亭と号し、県俳句作家協会長も歴任した。


 あっ、前記事で紹介したコチラの歌碑…
玄関前の大きな木根元付近の石碑
「雨亭」というのはこの市長さんのことだったんですね。


 パネルが終わった所で振り向くとこんな様子。
本館側から見た渡廊下


 ここからいよいよ臨江閣本館に突入、と思ったのですが……
結婚式の前撮り?
結婚式の前撮りでしょうか。華やかな和装のお二人とスタッフらしき人が数人。実はこの写真、今からちょうど1年前(プラスマイナス数日)のモノなので、このお二人はそろそろ結婚一周年でしょうか。おめでとうございます(^o^) って、知らない人たちですけどね(^_^;


小汚いオッサンがウロウロしたら邪魔だよなぁ~、と座敷に進むのは諦めて…
本館1階の座敷


通路を右(北)へ
本館1階東側通路を北へ


 なるべく撮影隊から離れるように左に見えてきた通路と階段も後回し。
階段部分


 突き当りの何か展示している部屋の手前、畳の部屋では…
展示室の手前


左奥の木の扉が非常に気になります。
展示室手前の部屋の左(西)方向
ヤンチャ坊主みたいに禁止されるとやりたくなる、なんてのが通用する歳ではないので案内の通り進むのはやめておきましたけどね。


 で、辿り着いた資料展示室は『臨江閣と近代前橋のあゆみ』
『臨江閣と近代前橋のあゆみ』展示室
今ざっと数えたらこの部屋だけで50枚くらい写真を撮っていました。厳選してチャッチャとご紹介、なんて出来ないので、いずれまたそのうちに紹介させて頂きますね。


◆臨江閣
所在地:群馬県前橋市大手町三丁目15番地
電話:027-231-5792
開館時間:9:00~16:00
休館日:毎週月曜日(祝祭日の場合直近の平日)
入館料:無料
前橋市の『臨江閣』案内ページ



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コメント
非公開コメント

No title

花燃ゆは見ていないのですが、りっぱなお屋敷にびっくり!
一緒に探検しているような気になりますが、広くて迷子になりそう(^^;
横浜では洋館ウェディングと言うのがありますが、古い日本家屋で和装の撮影もいいですね♪

2015-03-15 01:59 | from 月夜 | URL

No title

おはようございます。

臨江閣、また行ってみたくなりました。^^
花燃ゆは見ていなかったのですが、幕末から明治にかけての物語には興味があるのでDVDで見てみようかと思います。



2015-03-15 07:09 | from S氏 | URL | Edit

No title

「もとひこくん」缶バッチ・・
どういう年代のどんな人が欲しがるんだろう・・
あ、トカ太さんくらいの年代のトカ太さんみたいな人ですね 笑

先日ちょっと時間が余って北海道庁赤レンガの中に入ってみたんですが、入館料を取っていないとはいえ、その展示物他があまりにもおざなりっていうか、何十年も前に作ったものをそのまま放置状態にしか思えない日に焼け方で、トカ太さんのブログで群馬県がいろいろ頑張ってるのを見てるだけに、もっと頑張れよって思いました

2015-03-15 07:11 | from うにトラ | URL

No title

群馬出身の方々の活躍が今の日本をつくり出す一部になって
いるんですね。
「もとひこくん」缶バッチは気になるところですが、それにしても
ホントに興味が湧くようにうま~く色々考えますよね~。
私も欲しいですもん!


2015-03-15 10:07 | from apricot・a | URL

No title

こんにちは☺️👋
臨江閣の中を歩いていると
タイムスリップしそうな雰囲気が……(*^^*)
消火扉が確かに惜しい(>人<;)
あの行けない木の扉も…気になります💦
前橋市の著名人の方々の功績を読みながら
私もそこを歩いている気がしました(≧∇≦)
「うみ」は今も海を見るとつい口ずさんでいます(o^^o)

結婚式もあげることできるんですね〜〜❤️
和装がぴったり\(//∇//)\素敵ですよね✌️

2015-03-15 11:37 | from のほゆる | URL

No title

こんばんは♪
アーネスト・サトウと萩原朔太郎以外
よくわからずでした(^_^;)
昔の建物って、なんかいいですね♪

2015-03-15 17:57 | from シンディ・バーバー | URL

月夜さん

私も『花燃ゆ』は見てないんです(^o^;
舞台が群馬に移ったら一応チェックはしようと思ってますけどね。

臨江閣が全部紹介し終わったら配置が分かるようにまとめの記事も書いてみますね……まぁ、いつになるか分かりませんが(^_^;

2015-03-15 21:28 | from トカ太 | URL

S氏さん

S氏さんなら臨江閣の建物も庭園も、隣のるなぱーくだって雰囲気のある素敵なお写真を撮られるんでしょうね(^o^)
私はこのまま散弾銃的に “数だけ” の内容で続けそうです(^_^;

2015-03-15 21:29 | from トカ太 | URL

うにトラさん

いや、私の場合は特殊な目的だと思います(^o^;
新聞で見た「もとひこくん」缶バッチはなかなか可愛らしいデザインだったので、小学生低学年が欲しが……いや、大河ドラマは見ないか(^_^;

北海道庁……地元の方が見るとそういうものですかね。私は(と言ってももう何年も前ですが)「いいなぁ、群馬にもこういうの欲しいなぁ」って思いましたよ(^^)

2015-03-15 21:29 | from トカ太 | URL

apricot・aさん

割と近代以降は政治の分野で群馬出身者って目にしますよね。まぁ、私には一番縁のない分野ですが(^o^;

「もとひこくん」缶バッチ、まだ余ってたりして……なんて私が書いちゃダメですよね(^_^;

2015-03-15 21:30 | from トカ太 | URL

のほゆるさん

「うみ」を作曲したのが海なし県出身者ってのは面白いですよね(^o^;

この後もなるべく細かく紹介していきますね(その結果『花燃ゆ』の放送が終わっても続いたりして^_^;)。

今は挙式まで出来るのか分かりませんが、和装での記念撮影が人気らしいです(^o^)

2015-03-15 21:30 | from トカ太 | URL

シンディ・バーバーさん

確かに昔の市長さんのことを言われても、近くに住んでいなければ良く分かんないですよね(^o^;

やっぱり木造建築が落ち着くのは日本人だからですかね(^^)

2015-03-15 21:31 | from トカ太 | URL

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