- 群馬の観光や名物と上毛かるた

横田基地帰還中?のオスプレイを目撃

 群馬県榛東村の陸上自衛隊相馬原演習場や新潟県の関山演習場で行われた日米共同訓練に参加していた米海兵隊の輸送機MV-22オスプレイ。出来れば私もオスプレイ最大の特徴であるホバリング中の写真を撮りたいと考え、演習場近くでサボ……あっ、いや……出来るだけ長い時間を過ごせないかと画策したものの、残念ながらスケジュールの調整が出来ませんでした。

 飛行訓練は本日(3月15日)終了予定とのことだったので、キレイサッパリ諦めて、オスプレイのオの字も頭に浮かばない状態で過ごしていました。

 が、前橋市の敷島公園近くで休憩していた本日16:00頃、耳慣れない飛行音が響いてきたので、慌てて向けたカメラが捕えたのがコチラの写真。
群馬県上空を南南東方向へ進むオスプレイ(1)
「く~っ!邪魔だよ電線。コンデジのフルオートじゃピントを合わせられないじゃないか!!(>.<)」という残念な写真でゴメンナサイ。

 でも耳慣れない飛行音は続いていたので、電線を避けるように仰ぎ見たら次の機が飛んできたんです。
群馬県上空を南南東方向へ進むオスプレイ(2)
胴体横に大きなプロペラが見えるのでオスプレイで間違いないでしょう。

 念のため拡大してみます。
群馬県上空を南南東方向へ進むオスプレイ(2)
うん、確かにオスプレイです。

 演習場近くに張り込むことは叶いませんでしたが、先週から飛行音は気にしていました。移動中の車内ではオーディオをオフにして、少々寒かろうが窓を開ける。こまめにコンビニ等で休憩し、出来るだけ空を見上げるなど、冷静に考えたら「そこまでして何か得るモノがあるの?」という行動なんですけどね(^_^;

 で「おっ、これは聞いたことがない飛行音かも知れない」と上空を見上げると、見慣れた陸上自衛隊の輸送ヘリコプターだった、なんてことが何回かありました。
群馬県上空を南南東方向へ進むオスプレイ(2)
(この写真↑は2014年4月17日、桐生市菱町黒川ダム付近で発生した 山林火災の消火活動に向かう陸上自衛隊のヘリコプター

 私の聴力や記憶力がアテにならないというだけの話なんですけどね。それでも本日耳にしたオスプレイの飛行音はハッキリ別モノと区別することが出来るくらい特徴的でした。

 ただし、写真に写っているようにプロペラを前方に向けた巡航状態のオスプレイは、輸送ヘリコプターに比べて格段に速いこと。コンデジのズーム機能がゆっくり焦点を合わせている間にアングル外に飛び去ってしまうなんて状態で、上に紹介した写真を撮るだけで精いっぱいでした。

 撮った写真を眺めながら考えたのは、既に飛行訓練の予定は終了しているので横田基地への帰還中だろうという予想です。私が目撃したのは真南よりも少し東に向けた飛行。それが横田基地に向けたものかどうか、地図で確認してみると……
相馬原演習場と横田基地の位置関係
だいたいそんな位置関係になっているようです。こんな風に真っ直ぐ飛べるのか、少しは何かを迂回するのかは分かりませんけどね。

 何度か書いているように、当ブログで政治に関する私の考えを書くつもりはありませんのでオスプレイの是非も論じません。が、群馬県に暮らしていて、この先めったにお目に掛かれないであろう写真が撮れたことに満足しています(^o^)

 ということで本日の関連札(カテゴリ)は、榛名山ふもとの相馬原演習場に関連しているので
『登る榛名のキャンプ村』札画像『登る榛名のキャンプ村』
ということにしました。


ドラマ『お前はまだグンマを知らない』第2話

 『おまグン』こと『お前はまだグンマを知らない』のテレビドラマ第2話が昨晩放送されました。第1話 同様、ドラマを見て私が気になった部分などを書いてみたいと思います。

■ようやく群馬ロケのシーンが登場

 最初に、エンディングで流れた『撮影協力』について書いておくと…

狭山市 狭山教育委員会 NPO法人 小山町フィルムコミッション 飯能市 スタジオタウン小山町 シャンゴ 二岡神社
という具合に第1話と全く同じでした。各回ごとのロケ地を表示するのではなく、全4話を通して使用したロケ地がこれで全てなのでしょう。そう考えると、撮影協力の中で唯一登場する群馬県の地名(というか店名)のシャンゴはいつ登場するか分からない、と思っていたら今回サクっと登場しました。

 単にロケに使われたというだけではなく、シャンゴの料理、金額、果ては群馬県の小麦食文化までバッチリ紹介されるほどの内容で、群馬県民みんなが納得できたのではないでしょうか。あっ、でもそうすると残り2話は埼玉県と静岡県でのロケシーンしか出てこないんですかね。それもちょっと寂しいなぁ……。

 ところで今回使用されたのはシャンゴのどこ店だったのでしょう。店舗が特定された情報がネットに出回っているようですが、画面の中に分かり易いヒントがあったので自力で特定してみます(シャンゴフリークの方ならば店舗外観だけで分かるのでしょうか。私にゃ無理です)。

 分かり易いヒントというのは主人公達がシャンゴ前の歩道を歩いている場面で、後ろに映った道路案内表示のこと。国道17号と県道6号の表示が見えていたんです。国道17号と県道6号がぶつかる所といえば、群馬大学医学部付属病院近くの『群大病院東』交差点です。そこから東(群大病院とは反対)に延びるのは『東部環状線(通称:東部バイパス)』だと分かるので、東部バイパスの風景を思い浮かべ「17号を過ぎてすぐにデニーズがあったなぁ。その隣は牛丼屋があって、その先に……あぁ、シャンゴがあるわ!」と特定することが出来ました。

 でも店舗名までは分からないので、そこはシャンゴのホームページで確認。その名もズバリ『東部バイパス店』(前橋市若宮町4丁目14-18)だそうです。スッキリしたところでもう一度ドラマの画面をチェックすると、後ろにすき家とデニーズの看板も映っていました。ダメ押しで「シャンゴ 東部バイパス店」だと確認できたという次第です。

 と、文字だけで説明しても知らない人は全くイメージできないでしょうから、該当地点のgoogleストリートビューをリンクしておきます。 https://goo.gl/maps/nA5Dt8kPzBr

■下仁田戦争は歴史上の事実

 茨城県との確執を示すエピソードとして、ミト藩とタカサキ藩が争った『シモニタ戦争』がドラマ内で紹介されていました。“おまグン” の中でカタカナで書かれると架空戦記のように感じてしまうのは不思議なところ。でも、下仁田戦争というのは幕末に起きたれっきとした事実なんです。簡単に紹介しておきます。

 元治元年(1864年)、水戸藩で結成され尊王攘夷を掲げて京を目指す天狗党と、江戸幕府の命を受けた高崎藩が現在の下仁田町下小坂地区あたりで衝突した事件です。高崎藩第一陣がわずか109名だったのに対して天狗党は924名。11月16日未明に始まった戦闘で、高崎藩の本陣は正面・両翼の三方向から天狗党に攻められ、36名の戦死者を出して敗れてしまいます(天狗党の戦死者は4名)。

 目の前の桑畑に高崎藩の本陣が敷かれたという里見家は今も健在で、天狗党の放った弾丸の跡が残る蔵などは国の登録有形文化財に指定されています。

 なんて具合に下仁田戦争のことを書くと、これを原因として本当に茨城県民と群馬県民の間にわだかまりがあるように感じる人もいるでしょう。でも、群馬県民でも下仁田戦争のことを知らない人が大多数という事実(私の家内も「知らない。学校で習ったっけ?」でした)を考えると、あくまでドラマの中での誇張だとお分かり頂けると思います(都道府県別魅力度ランキングでの最下位争いという点で意識している人も多いでしょうけど)。

■ハーゲンダッツ工場の話

 主人公の神月紀(間宮翔太朗さん)に向かって、野汁先輩(加治将樹さん)が語る群馬トリビアもなかなかの見どころです。第1話では海が無い群馬と海の関わりが語られ、今回の第2話では「世界に3ヵ所しかないハーゲンダッツの製造工場のひとつが群馬にある」ことが紹介されました。色々なテレビ番組や雑学本などで紹介されてきたので、群馬県外の人にもかなり浸透している話だとは思います。

 でもこの表現だと間違いではないけど正確でもない、と敢えて注意を書いてみたいと思います。「ハーゲンダッツという会社の工場が群馬にある」のではなく「ハーゲンダッツを作る工場が群馬にある」……って、これじゃ言葉遊びみたいですね。ハッキリ書くと「タカナシ乳業株式会社」の群馬工場でハーゲンダッツを製造しているという話なんです。

 なので高崎市新町にあるタカナシ乳業群馬工場をgoogleのストリートビューで見ても……
https://goo.gl/maps/VxgJ7tR75Z52
ハーゲンダッツのロゴや文字は見当たらないんです。

 ちなみにこのタカナシ乳業群馬工場はガトーフェスタハラダの本社工場から徒歩でも10分掛からないくらいの距離です。
ハラダ本社工場全景
ハラダの工場見学 の後に、周辺散策するなんてのも面白いかも知れませんね。

■早くも後半へ

 全部で4話だけなので、次回の第3話から後半ということになります。おそらくイバラキよりも確執深く描かれるであろうトチギがまだ登場していないのが気になります。残り2話で怒涛の「トチギvsグンマ編」とでもなるのでしょうか。

 そういえば第1話に登場して謎の行動を見せた草津温泉観光大使の「ゆもみちゃん」が今回は登場しませんでした。ゆもみちゃんがほんこんさんに手渡したモノがいったいなんだったのか気になります。ほんこんさんと椿鬼奴さんの近藤夫妻が、目指す赤城神社に到着できるのかも気にな……いや、赤城神社がたくさんあるのは事実ですけども、カーナビに設定する時点でどれが正解か分かるだろ!と笑いながら突っ込みを入れておしまいですかね?

 ドラマの中で特に話題として取り上げていなかったものの、下校時の駐輪場では自転車が軒並み倒れているという描写(荒んだ学校なんて設定ではなく、空っ風のせい)など、群馬に暮らしたことがある人ならばニンマリしてしまうような細かな演出が素敵です。映画化よりも関東ローカルではなく、もっと広い範囲で地上波放送して欲しいと感じました。

【後日追記】
ドライブイン七輿、上毛かるた一式、ハラダのラスクなどが登場した第3話(2017年3月21日更新)

一之宮貫前神社「式年遷宮祭」スケジュール

『ゆかりは古し貫前神社』札画像『ゆかりは古し貫前神社』

 上毛かるたに個別札で詠まれているほどの富岡市の「貫前(ぬきさき)神社」。当ブログでは1度訪問記事を書いたきりになってしまっています。

鳥居付近から見た貫前神社の楼門2013年6月訪問の貫前神社記事

 しかもこの記事は「平成の大修復」中のことで拝殿にお参りできないなんて状態でした。

 平成の大修復完了後に再訪できないままなのが気になっていたこともあり、地元紙の上毛新聞などに貫前神社の名前が出てくる度に一応メモを残してきました。当然、12年に1度という「式年遷宮祭」にあたる年だということも、だいぶ前から認識はしていたんです。

 だが、しか~し、残念ながら3月13日から始まる式年遷宮祭をこの目でみることは難しそうな状況です。せめて誰かのお役に立つよう、観光イベント情報 としてしっかり紹介するつもりでしたが、少々思うところがあり、個別記事として貫前神社の式年遷宮祭スケジュールを紹介してみることにします。

■祭礼以外に奉納芸能など見どころがいっぱい

 1,400年以上の歴史を持つ神社の祭事ですから、観光向きではない遅い時間の予定もあったりします。でもとにかく(貫前神社公式ホームページ からの情報を参考にして)一通り紹介してみます。

  • 3月13日(月)
    • 14:00 「真御柱御剱奉遷祭(しんのみはしらぎょけんほうせんさい)」
      仮殿の真御柱にある御剱を本殿の真御柱に遷す祭事
    • 20:00 「本殿遷座仮殿祭 (ほんでんせんざかりでんさい) 」
      本殿への遷座を奉告する祭事
    • 23:00 「御神宝移しの儀(ごしんぽううつしのぎ) 」
      御神宝を仮殿へ移す祭事
  • 3月14日(火)
    • 02:00 「遷御(せんぎょ) 」
      遷宮祭の主祭事。御霊代を納めた御羽車を仮殿から本殿に遷す祭事
    • 16:00 「本殿遷座本殿祭(ほんでんせんざほんでんさい) 」
      御遷座の無事終了を奉告し、祝う祭事
  • 3月15日(水)
    • 11:00 「奉祝例大祭(ほうしゅくれいたいさい)」
      遷宮祭終了により、貫前神社の御神徳を増加を祝う祭礼
    • 12:00 奉納芸能(仮殿前特設会場)
      • 12:00 太々神楽(一之宮貫前神社神楽保存会)
      • 12:30 獅子舞(秋畑地区二ツ石組)
      • 12:45 神楽舞(一之宮貫前神社御神子による)
      • 13:15 雅楽・紙芝居(一之宮貫前神社)
      • 13:30 獅子舞(秋畑地区二ツ石組)
      • 13:45 八木節・神農原節(神農原八木節保存会)
      • 14:00 獅子舞(宇田獅子舞保存会)
      • 14:30 八木節(宮崎八木節保存会)
      • 14:45 太々神楽(一之宮貫前神社神楽保存会)
  • 3月16日(木)
    • 11:00 「奉祝大祭(ほうしゅくたいさい)」
      天皇陛下からの賜りものを捧げて、遷宮祭の総ての祭事が無事終了したことを関係者一同でお祝い
 これらの祭事が何者にも邪魔されず執り行われるように警護するという意味で「火消行列・梯子乗り」が、周辺各地で地域のみなさんにより行われます。観光イベントとしては梯子乗りのアクロバティックな演技が見モノだと思います。が、スケジュールの詳細がちょっと分からないのでここでの紹介は控えさせて頂きます。

■式年遷宮は1年掛けて行われる祭事

 1,000年ほど前は貫前神社でも伊勢神宮のように社殿を造り直して遷宮を行っていたようです。現在のように仮殿を使うようになったのがいつからなのか、私にゃよく分かりませんが、戦国時代末期には13年毎に遷宮を行うこととなり、それが明治時代に入り新暦が採用されると申年に仮殿に遷っていただき、酉年の3月に本殿に戻っていただくという、12年毎の祭事になったようです。

 そんな貫前神社の式年遷宮について2016年のメモを確認すると、4月3日に行われた「山口祭(やまぐちさい)・木本祭(このもとさい)」から祭事が始まっていたようです。これは、仮殿に使う真御柱(しんのみはしら)用の杉を下仁田町栗山で切り出すというもの。それに続く、仮殿の建築に関するメモ(建て始めとか完成とか)は見当たらないのですが、12月12~13日に仮殿に遷っていただいたというのは記録が残っていました。

 報じられた情報だけを元にしたメモですので、これくらいしか残っていないのですが、おそらく昨年の4月3日以降、たくさんの神事が行われてきたのだと思います。関係者の方と知り合って全てを聞いてみたいものです(いや、私にゃ理解できない難しい言葉だらけなのでしょうね^_^;)。

■2008年の貫前神社の写真

 上にも書いたように、当ブログで 過去に紹介した貫前神社 は「平成の大修復」中のことでしたので……
平成の大修復中の貫前神社拝殿と本殿
拝殿にお参りすることが出来なかったんです。拝殿の代わりに楼門でお参りするとかだった気もするんですけど、ブログ初心者だった当時は「ひと様に紹介するためにガッツリ記録する」という意識が薄く、色々とうやむやのまま記事にしていました。

 その時の話は掘り下げようがないものの、休眠中のパソコンデータを漁ったら2008年に貫前神社を訪問した時の写真が出てきました。

 2008年は、修復前なのでだいぶアチコチがお疲れのご様子。
2008年の貫前神社拝殿
2008年の貫前神社拝殿の彫刻

 拝殿の扉が開け放たれていたので、失礼してこんな写真も撮っていました。
2008年の貫前神社拝殿から見た本殿方向
ま、ここまで光が少ない写真ではどこがどうに修復対象だったのか分かりませんけどね。

 外から見た本殿はこんな様子でした。
2008年の貫前神社・外から見た本殿
彫刻が色褪せていることもハッキリ見て取れる特徴ですが、それ以上に屋根が時間の経過を物語っているように感じます。

 な~んて、同じアングルで比較できる写真ではないので分かりづらくてゴメンなさい(^_^;

■トカ太父の1969年の写真……ということは……

 諸事情により閉鎖してしまった本館サイトでは、『ゆかりは古し貫前神社』 の関連写真としてトカ太父の撮ったこんな写真を掲載していました。
1969年の貫前神社祭事
父親の撮影メモによると『1969年3月撮影』だそうです(48年も前の写真なので一切ボカシは入れません。万が一、問題があったらご連絡をお願いします)。

 毎年行われる例大祭を撮ったものだろうと思いつつ「うん?48年前ってことは……」と気が付いてしまいました。

 12年ずつ引き算してみると、2017年 → 2005年 → 1993年 → 1981年 → 1969年 ということで『1969年3月』に撮られたこの写真は、式年遷宮祭における奉納舞なんだと思います。

 父親がどこまで当時のことを覚えているのか確認していないんですけども、もう少し前後の様子がネガフィルムに残っていたような気がするので、いずれスキャンして紹介させて頂きたいと思います。

 何はともあれ、上野国一之宮である貫前神社の式年遷宮祭が滞りなく執り行われるようお祈りしたいと思います。

◆上野國一之宮貫前神社

所在地:群馬県富岡市一ノ宮1535
電話:0274-62-2009(8:00~17:00)
貫前神社公式ホームページ