剣聖 上泉伊勢守の稚児鎧 前橋市役所ロビー - 群馬の観光や名物と上毛かるた

剣聖 上泉伊勢守の稚児鎧 前橋市役所ロビー

『県都前橋生糸の市』札画像『県都前橋生糸の市』

 何年くらい前からだったでしょうか。上野国(群馬県)生まれの武将・兵法家で剣聖とも称される「上泉伊勢守信綱(かみいずみ いせのかみ のぶつな)」の功績を再認識して、その名を全国に広めようという活動が盛り上がりを見せてきています。昨年6月には、生誕地である前橋市上泉町の上泉城址などで「第1回新陰流流祖祭」が開かれ、生誕地を示す記念碑の除幕式なども行われました。

 が、残念ながら地元のローカルメディア、もしくは全国紙の新聞でも地方面で取り上げられるくらいのもので、上泉伊勢守信綱の名を日本全国に知ってもらうにはまだまだだと勝手に思っていました。ところが今回、BS朝日にて上泉伊勢守の半生を描く2時間のスペシャルドラマが村上弘明さんの主演で放送されることになったんです(3月3日19:00から放送)。生誕地周辺のみなさんや「上泉伊勢守顕彰会」の地道な活動の成果でしょうね。

 マンガ『お前はまだグンマを知らない』の実写ドラマ化も大いに話題になっていますが、群馬県民ですらあまり知らない “戦国時代の群馬県” (大河ドラマ『真田丸』でも大きく取り上げられましたけども、それより少し前の時代)を描いてもらえるのは、群馬県のイメージ・知名度アップはもとより、自分自身の勉強にもなりそうなので、とても期待しています。

■新陰流の創始者、上泉伊勢守信綱

 「新陰流」というと、徳川将軍家の剣術指南役を務めたことなどもあり、宗厳(石舟斎)、宗矩、三厳(十兵衞)の親・子・孫の柳生氏三代が特に有名で「柳生新陰流」などとも呼ばれています。が、剣術の流儀名としては、柳生が付かない「新陰流」が正式な名称だそうです。その新陰流の始祖が、上泉伊勢守信綱なんです。

 上野国勢多郡大胡城主・大胡氏の一族であり、同郡上泉城の4代目城主であった上泉信綱は、武田信玄の上野侵攻の際、西上野の箕輪城(現在の高崎市箕郷町)の長野業正・業盛親子のもとで活躍し、信玄の上野侵攻を3年にもわたってくい止めたと伝わります。

 上泉信綱のほか、小幡衆・安中衆なども奮迅したものの、ついに防ぎきれず、箕輪城開城となった際、武田信玄は降伏した者をみな許し、剣術の達人として名が高かった上泉信綱には信玄自ら仕官を勧めたといわれています。が、剣術修行の旅に出ることを決心していた上泉信綱は、他の武将には決して仕えないことを約束し信玄の誘いを断ったそうです。その信綱の返答に対して信玄は、餞別として甲州金を渡すなど、降将への対応としては戦国時代では他に類をみない格別の計らいで見送ったという話も伝わっています。

■前橋市役所ロビーに控えめに展示された鎧

 ということで、記事タイトルに書いた前橋市役所の話に進みます。

 前橋市役所と目と鼻の先に位置する群馬県庁舎については、展望ホールからの眺めだったり昭和庁舎だったりのほか、内部の展示物など結構な数の記事をアップしてきました。市役所で考えると高崎市役所について展望室からの眺めなども書いてきましたが、前橋市役所についての記事は書いたことがありませんでした。

 そんなことを考えがなら近くまで行ったので前橋市役所へ立ち寄ってみると、ロビーにこんな展示がされていたんです。
前橋市役所ロビー中央付近から見た上泉伊勢守の稚児鎧
ヨロイ……ですね。

 なんて、ここに来てもったいを付ける意味はなく「上泉伊勢守」のノボリも見えていますし、記事タイトルのままの展示であることは皆さんご想像のとおりです。

 とにかく近づいて、重要そうな注意事項に注目。
上泉伊勢守の稚児鎧展示の注意事項
『お手を触れないで下さい』だそうです。うん、それは納得できるのですが、こんな緩い注意だけで大丈夫なんでしょうか。身長が高く手足の長い人ならば簡単に触れられそうです。でも、関東の隅っこ、魅力度ランキングで万年最下位近辺の群馬県といえども県庁所在地市役所のロビーは、平日でも結構な人が来ていました。衆目がイタズラ抑止になるのかも知れませんね。

 などと考えつつ、再度ヨロイの正面でパチリ。
前橋市役所ロビー上泉伊勢守の稚児鎧正面
 近付いたというだけではなく、少~し1枚目の写真と様子が違います。お気づきの方はいらっしゃいますでしょうか。

 はい、後ろのノボリの向きが違うんです。

 上泉伊勢守信綱のドラマ放送のことは知っていたので、ポスターやノボリから関連展示だとは分かったものの、勝手に近寄ってジロジロとネチっこく写真を撮るのはどうかと思ったので、撮影可能か受付の人に確認してみたんです。気持よく「はい、(自由に撮影して頂いて)結構ですよ」と言ってもらった直後に、受付の前あたりで取ったのが最初の写真です。

 で、実際に展示品に近づいて『お手を触れないで下さい』辺りに視線を下げて撮っていると展示エリア内に入ってくる人がいたんです。えっ!?と思って顔を上げると、先ほど撮影許可を確認させて頂いた受付の女性が「ノボリが裏向きになってしまっているので直させて頂きますね」と、丁寧にセッティングしてくれたんです。そうして撮れた、キレイにノボリの向きが揃っているのが3枚目の写真というわけです。

 赤城おろしが直接ロビーに吹き込まないよう、二重だったか三重だったか互い違いにドアが開くように入り口は工夫されていましたが、空気の流れは止めようが無いようでノボリが裏返ってしまったみたいです。「この方が見栄えが良いですから」とわざわざカウンターから出てきて作業してくれたお姉さんに感謝の気持ちでいっぱいになりましたし、そうして頂くことで「あぁ、写真を撮ることは歓迎してくれているんだ」と安心できました。心の底から有難く感じ、ホッコリ温かい気持ちになった出来事でした。

 だからといって大した写真を撮る腕がないのは残念なところ。なんだか申し訳ない気持ちになりつつ、ヨロイに近付いて上・中・下と撮ってみました。
上泉伊勢守の稚児鎧・兜中心
上泉伊勢守の稚児鎧・胴中心
上泉伊勢守の稚児鎧・具足中心
 案内板に書かれたことを引用しておきましょう。

上泉信綱公 稚児鎧
黒漆塗覆輪筋兜(くろうるしぬり ふくりんすじかぶと)
黒漆塗桶側胴鎧(くろうるしぬり おけがわどうよろい)
だそうです。『稚児鎧』ということは伊勢守が幼少期に着用していたか、儀式や祭礼に用いた………実物?レプリカ?残念ながらそれを判じる審美眼を私は持ち合わせておりません。でもこの展示の様子を見るとレプリカですかね。

 もうひとつの案内板は

エスビック株式会社
代表取締役社長 栁澤佳雄 氏所蔵
と書かれています。エスビック株式会社を検索してみたら、高崎市箕郷町に本社があるコンクリートブロックなどの建材メーカーのようです。栁澤社長のご先祖様が箕輪城主の長野氏と関わりがあったのかも知れませんね。羨ましいことです。

 横のパネルに目を向けると『箕輪城の戦い』というタイトルがふられています。
『箕輪城の戦い』のイラスト
絵の下の解説を確認すると

大軍にて強敵長野氏を降す 永禄九年(1566年)九月
イラストレーション 香取正樹
だそうです。

 う~ん……『長野氏を降す』というのは武田軍側の視点ですね。もう少し解説が無いと守備側であった上泉伊勢守の立場が分かりません。いや、調べれば分かることではありますが、受付の女性がノボリの向きを直してくれるほどだったのに比べて、少々展示の仕方が不親切だと感じてしまいました。

 隣のパネルは『剣聖の里 史跡マップ』
『剣聖の里 史跡マップ』
現在の前橋市上泉町あたりから大胡町付近までの史跡がビッシリ。初めて目にした名前もチラホラあるので今後のブログネタの参考にしたいと思います。

 もちろん当ブログで過去に紹介した場所も……ありゃ、右上の大胡神社しかありませんでした。
大胡神社拝殿
『和算の大家関孝和』札画像 この時は、【わ】の札カテゴリとして 大正時代に奉納された珍しい算額 を中心に紹介しましたが、大胡城址など戦国時代に注目した内容も今後は書いてみたいです。

 そういう面からも『剣聖の里 史跡マップ』は便利そうなのに、拡大して見ても文字がちゃんと読める写真を撮っていませんでした。何をやっているのやら……と思ったら 上泉伊勢守顕彰会のホームページ に大きな画像ファイルがアップされています。ありがたいことです。

 もう少し何か撮るものはないかと、鎧の背面側を確認したかったのですが、横から覗き込むのではこの程度が限界でした。
上泉信綱稚児鎧背面

■ドラマには太田市出身の岡田浩暉さんも出演

 前橋市役所のロビーで撮った写真、あまり枚数がありませんでした。でも『ご自由にお持ち下さい』と書かれたものはもちろん遠慮なく入手。
チラシ置き場に注記

それがコチラ
ドラマ『上泉伊勢守信綱』チラシ(表)
ドラマ『上泉伊勢守信綱』チラシ(裏)
『BS朝日 スペシャル2時間ドラマ 3月3日(金)よる7時放送』の『新陰流 上泉伊勢守信綱』のチラシです。

 あらすじ部分を丸っと引用してみます。

戦国時代の上州(群馬県)を舞台に、新陰流を編み出した上泉伊勢守信綱の半生を、戦にほんろうされる様々な人間模様を織り交ぜながら描く。上州侵略を狙う武田、北条軍に抵抗し、長尾景虎の援護を受けながら箕輪城主・長野業政の下で、国を守るため一騎当千の活躍を続ける信綱。しかし、関東管領・上杉憲政の失策と長野業政の死去により武田軍に敗れた信綱は、死を覚悟で武田晴信に新陰流を広めるために京に上ることを願い出る。
(一般的には長野業“正”だと思いますが、チラシには確かに業“政”と書かれています。詳しいことは分からないので見なかったことにしちゃいます)

 あり?『死を覚悟で武田晴信に…』って、もしかして武田信玄(まだ晴信の時なんですね)と会う場面がドラマのクライマックスなんですかね。だとすると上の方に信玄が気持ち良く伊勢守を見送ったと書いてしまったのはネタバレってやつでしょうか。ま、こんなブログで何を書いても大して影響はないでしょうから修正はしないことにします。ご了承ください。

 出演者の部分もチラシからそのまま引用します。

出演:村上 弘明 田中 健 原田 龍二 山田 純大 石黒 英雄 岡田 浩暉 池田 政典 菊田 大輔 / 勝野 洋 / 高島 礼子
勝野洋さんと高島礼子さんのお名前がスラッシュで区切られているのは特別出演とか友情出演とかそういうやつですかね。チラシを隅々まで確認しても説明がないので良く分かりませんでした。

 それよりも群馬県民としては、群馬県太田市出身で「To Be Continued」のボーカルとしても活躍していた岡田浩暉さんのお名前の方に目がいきます。ただなぁ~、チラシに掲載されている岡田さん(らしき人)のカットが、ムチャクチャ悪そうな表情をしているんです。どんな役どころなんでしょうね。「(岡田さんの役は)悪いやっちゃのぉ~」と突っ込みを入れながら見る感じだとしたら……それはそれで面白いかもしれませんね。

 もう1点、私がチラシの中で注目したのは『ドラマを彩る群馬の景色』として紹介されているロケ地です。甘楽町の「楽山園」、赤城山の小沼、東吾妻町の不動滝、そして箕輪城址が紹介されています。他にもドラマに関する報道によると、大胡城址や 臨江閣 など、撮影のほとんどが群馬県内で行われたそうなので「おっ、この撮影場所は○○だね」という見方でも楽しみたいと思います。

 あっ、そうそう、この前橋市役所の展示がいつまで行われているのか確認するのを忘れてしまいました。車を発進させた後に気が付き、再度駐車するのも面倒だったため「前橋市のホームページを見れば書いてあるだろう」と高をくくったものの、いざ確認したら情報が見つかりませんでした。この記事で興味を持ったのに訪れたら展示が終わっていた、なんてコトがあったら本当にごめんなさいね。



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コメント
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No title

ロケ地に「楽山園」が!
以前行った時に、お抹茶や干菓子を頂きながらお庭を観させて
頂きました。
地味ですが(笑)趣のある静かな所で、主人も私もお気に入りの
場所のひとつです。

岡田さんって私、けっこう好きなんです。
悪役ですか~?
色々こなせるいい役者さんで、歌も上手いんですよね~。
以前、舞台も観た事があります。
群馬の出身だったのですね。

2017-03-05 10:25 | from apricot・a | URL

apricot・aさん

コメントの返信が遅くなってしまいすみません。

「ロケ地に「楽山園」が! 」
はい、apricot・aさんご夫婦の「楽山園」訪問記事を覚えています。とても気に入って頂いているようで本当にありがたいことです。

岡田浩暉さんは関東管領の上杉憲政役でした。ドラマの中では悪人というか「無能」を演じていました。たしかに上杉憲政の失政が上野国のその後に大きく影響したんですよね。

でも、岡田さんがガッツリと顔で演技していたのは見ものでしたよ(^o^)

2017-03-07 22:42 | from トカ太 | URL

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